私は動物病院を経営する獣医師として、犬猫はもちろん、ウサギ・フェレット・爬虫類といったエキゾチックアニマルの診療に日々向き合っています。
どの命も、かけがえのない存在です。そしてその命を支えるために、私たち獣医療従事者が扱っているもの──それが「時間」です。
時間は、すべての人に平等に与えられ、失ったら二度と取り戻せない、唯一の資源です。
それは単なる数字ではなく、「命の単位」とも言えるでしょう。
この時間をどう使うか、どう守るかが、私たちの仕事の質、人生の深み、人との信頼関係すべてを左右します。

動物病院という「時間が命に直結する場所」での実践
私の病院では、「時間を守る」ことを文化として根付かせるために、いくつかの取り組みを行なっています。
■ 完全予約制の導入とその意味
当院では、完全予約制を導入しています。これは単に「効率化」のためではありません。
一件一件の診療に集中し、各動物に適切な処置と観察を行なうための「命を守る仕組み」です。
予約時間は、他の飼い主さまやペットたちとの「共有資源」です。
たとえば、ある方の10分の遅れが、次の患者の診療に影響を与え、それが連鎖して、急患の命に関わる処置の遅れを招くこともあるのです。
時間という一本の糸が乱れると、診療全体という織物に波紋が広がります。
たった一件の遅れが、他の患者、他の飼い主、そして獣医師・スタッフ全体の集中力に影響を及ぼす──それが現場の現実です。

遅刻が「たった一つの問題」で済まない理由
「10分くらいの遅刻なら…」と思われるかもしれません。ですが、それは他の患者の10分を奪っていることに他なりません。
それはまるで、診療という舞台で一人だけが遅れて登場し、すべての演者のリズムを狂わせるような行為です。
さらに、診療時間が後ろにずれることで、急患や予測不能な重症動物への対応力が失われることもあります。
結果として、最も命に関わる瞬間に、スタッフ全員が疲弊していたり、集中力を失っていたりする──それは、決して理想的な獣医療ではありません。

「遅れないためにできること」──飼い主さまへの実践的アドバイス
人間ですから、予期せぬことが起きるのは当然です。
しかし、ちょっとした意識の違いや事前の工夫で、遅刻は防げます。
▸ 「予約時間の30分前に着く」ことを目標にする
予約時刻に到着するのではなく、「30分前」を目指す──。
これが最も確実で安全な方法です。渋滞、天気、駐車場の混雑など、すべてに対応できる「余白」をつくれます。
▸ 来院前に交通状況をチェック
GoogleマップやYahoo!カーナビなどを使って、リアルタイムの交通情報を出発前に確認する習慣をつけましょう。
特に週末や悪天候時は、いつもの道でも混雑しやすいため、余裕を持った出発が重要です。初診受診ならなおさらです。
▸ 事前準備を前日中に
・キャリーケースや保定具の点検
・LINE問診や必要書類の準備
・病院への持ち物の確認(ワクチン証明書・検査記録など)
出発直前に慌てないことで、心の余裕も生まれ、動物の不安も軽減されます。

タイムマネジメントを診療の柱に据える理由
私たち獣医師は、単に「治療をする人」ではありません。
一件ごとの診療を、安全・確実・丁寧に行なうためには、「時間」という土台が必要です。
時間を正しく設計・管理することで、以下のような獣医療の質の向上が実現できます:
- 診療の遅れによる飼い主さまの焦燥感・不満を防ぐ
- 緊急時の対応体制を安定して維持する
- 診療の質・集中力を1日を通して安定させる
- スタッフ間の連携や院内の空気を良好に保つ
- 飼い主さまに安心と信頼を届けられる環境を整える
つまり、時間の流れを丁寧に設計することは、獣医療の信頼性そのものを設計することなのです。
また、時間を守るという姿勢は、動物への敬意、飼い主さまへの誠意、スタッフ同士の思いやりを形にする、もっともシンプルで力強い「文化」でもあります。

「時間を守ること」は、思いやりのかたち
私たちの病院には、常に時間をきちんと守って来てくださる方が多数いらっしゃいます。
そうした方々に対して、「遅れてきた人のために診療が遅れる」ことは、本来あってはならないことです。
時間を守ることは、自分だけでなく、他の誰かの安心や信頼を守ることでもあります。
この文化を大切にしてくださる飼い主さまとともに、私たちも診療の質と信頼の水準を守っていきたいと考えています。

最後に──あなたの時間、誰のために使っていますか?
遅刻してしまった10分、その背後に、震えながら診察を待っている他の命があるかもしれません。
そして、その10分がなければ助かったかもしれない命があるかもしれません。
時間は、命を支える「見えない薬」です。
だからこそ、私たちはそれを丁寧に扱い、飼い主さまにも「共に守っていただく仲間」としてご協力をお願いしたいのです。
あなたの時間が、他の命を守ることにも繋がっている──。
そんな思いを共有できる方々と、ともに動物医療を築いていけることを、心から願っております。

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